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ある冤罪

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 私の小学校低学年の頃の実体験です。あれは、今から40年ほど前のことでした。

 夕方二人の警察官がうちの家にやってきました。はじめ母が対応したら、すぐに父にも来るよう言われました。そして、家にある自動車を見せるように言うのです。警察官のことばに従って、父母は車庫へ二人を連れて行きました。子供の私も無邪気についていきました。一人の警察官は車から少し離れたところで、父母と向き合って立っていました。もう一人の警察官は大きな懐中電灯で車を照らしながら、しゃがみこんんで、へばりつくように、舐めるように車を見ています。私はその警察官のすぐそばで、じっとその仕草を見ていましたが、私にあっちに行けとも言わずに、ただひたすら彼は車を見ていました。

 突然母の大きな声がしました。「何があったんですか? 何しているのですか? 教えてください」。警察官は憎々しげに 「自分の胸に聞いてみろ」と大きい声で言い返しました。「自分の胸に聞いてみろとはどういうことですか? 何聞くんですか?」 もうほとんど、母は叫んでいました。

 それからしばらくして、沈黙を破るかのように、車にへばりついていた警察官が 「ありました。Sさん。やっぱりありました」と大きな声で言いました。「やっぱり、あったんだな」 Sと呼ばれた警察官が駆け寄りました。そして、そのSは、ますます尊大な態度になって、「えぇー、このキズはどうやってつけた。えぇー、答えられないのか」と言いながら、2センチほどのひっかきキズを指し示しています。そのキズはいつぞや、私がすねて針金でつけたキズかもしれません。

 ずっと偉そうな態度のSは勝ち誇ったかのように言いました。「K田H夫、お前を・・」。すかさず、父が言いました。「私はK田N一です。K田H夫さんは4軒先の家です」。

 すると、Sともう一人の警察官は 「行こか」とだけ言って、そのまま知らん顔して、うちの家から去って行きました。そのうち判ったことは、近くの交差点でひき逃げ事故があり、被害者は骨折などの大けがを負っていました。目撃者も多くて、皆がH夫さんが運転していたと証言していました。H夫さんの車は前方のライトが破損してなくなり、ボンネットが大きくへこみ、タイヤには血がべっとりと着いていたそうです。

 二人の警察官があったと喜んでいた車の小さなキズは、父が犯人であるはずがない大きな証拠であるのに、警察官たちの思い込みは、歴然とある目の前の事実さえも見えなくさせているのでした。

 謝らないのが当然という警察官たちを、母はいつまでも 「自分の胸に聞いてみいと言われた」と怨みがましく言っていました。

 (最初の絵は、「FUMI AKIKO 詩画集」より。文昭さんの作品です。)

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